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2018年3月13日 (火)

なぜ、イーストウッドは “犯人”を描かなかったのか?『15時17分、パリ行き』

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『アメリカン・スナイパー』『ハドソン川の奇跡』とリアルヒーローの真実の物語を描き続けてきた巨匠クリント・イーストウッド監督の最新作『15時17分、パリ行き』が日本公開を迎え、大ヒット上映中だ。本作は2015年8月21日に起きたパリ行きの無差別テロ襲撃事件を扱った実話。徹底してリアルに当事者の視点からテロを描くために、クリント・イーストウッド監督は、事件に直面した主演3人を含め数多くの当事者たちを起用し、事件が起こった場所で撮影に臨んだ。その斬新な演出に、衝撃を受ける人が続出。SNSを中心に“未体験の感動”が大きな渦となって広まっている。


傑作、感動作、実験映画、わからない!? SNSでは様々な反響を巻き起こしている衝撃の問題作『15時17分、パリ行き』だが、最も素朴な疑問の1つが、なぜ、イーストウッドは“犯人”を描かなかったのか? ということ。名撮影監督トム・スターンとの2ショットを交えて、その理由を追った!


 160人もの敵を殺し最強と呼ばれた狙撃兵クリス・カイルは、心の奥底に深い傷を負っていた。敵を震え上がらせた英雄の知られざる内面に深く斬り込んだ『アメリカン・スナイパー』は、全世界で現象化し、クリント・イーストウッド監督作品史上最大のヒット作となった。圧倒的な緊迫感で描写される狙撃シーンと繊細な人物描写が重なり、作品評価と興行の両面でイーストウッドの演出力を改めて世界に知らしめることとなった。

 常に、人には自らを突き動かす原動力が必要だ。クリス・カイルの場合、迷わずに軍を志願した素朴な良心があった。戦場では味方の安全を確保するために、常に敵兵という危険に照準を合わせ続けた。時には、弱者の衣を纏ったテロリストらしき姿が目の前に現れることもある。引鉄を弾くかどうか。人命と引き換えとなるその行為は、常に彼を追い詰め続けた。家族との時間にすら心を許せなくなってしまい、もはや戦場の緊張の中に身を置くことでしか自分を感じることができなくなってしまった男の精神的な葛藤を、日常と非日常を重ねる対立構造によって明確に浮かびあがらせた。
 そして、『アメリカン・スナイパー』を更に見応えある傑作に深化させた重要な要素が、カイルが対峙する敵兵の存在だ。自分と同じ狙撃センスを持ったスナイパーが現れる。イーストウッドは、最強のライバルを登場させることによってもうひとつの対立構造を浮かび上がらせる。互いに狙撃手として一流であることを認め合ったスナイパーの対決は緊迫感に満ちていた。まさに巨匠の比類なき演出力が傑作を生み出した。

 イーストウッドは、最新作『15時17分、パリ行き』の3人の若者たちとの対談で、当事者を起用することによって物語に「対立が生まれる」と語っている。『アメリカン・スナイパー』の日常と非日常と姿を現さない敵の対比は、まさにこのコメントを裏付けるものに他ならない。


 そして、いよいよ本題「なぜ、イーストウッドは敵を描かなかったのか?」、その理由とは。
 『15時17分、パリ行き』では、3人の若者の幼き日の出会いから青年期の成長の過程が、テロリストに最初に立ち向かった元空軍兵のスペンサー・ストーンを軸に描かれる。「人を救いたい」と願う彼の日常は、落ちこぼれの烙印を押された幼少期、空軍を志しながらも第一志望の空挺部隊入隊が叶わず、次に配属された空軍のSERE指導教官(Survival:生存、Evasion:回避、Resistance:抵抗、Escape:脱走の略)の審査ではなんと寝坊で落第してしまうなど、ごく普通の若者の失敗だらけの毎日だ。

 休暇で訪れたヨーロッパ旅行では、ローマ、ヴェネチア、ベルリン、アムステルダムと、スペンサー・ストーンとアンソニー・サドラーの珍道中が描写される。アレク・スカトラスは祖父ゆかりの地ドイツを訪れる。観客は、特別な事が起こらない描写に対して意味を求め、監督の意図を読み取ろうとするが、イーストウッドは何も語ろうとはしない。だが、意味がないように思われたひとつひとつの描写は、精緻に組み立てられたモザイクであるかのように、テロリストと対峙する“運命の瞬間”によってすべてが繋がる。この瞬間を更に劇的にしているのが、前作『ハドソン川の奇跡』で旅客機内の緊迫を活写し、今回は手持ちカメラを駆使した名撮影監督トム・スターンの手腕だ。照明も反射版も一切使用せず、自然光だけで列車内の緊迫をとらえた場面はまさに圧巻。

 なぜ、ごく普通の若者たちは無差別テロに立ち向かうことができたのか。3人の幼馴染みが成し遂げた偉業を描くために、巨匠は大胆な省略を選んだ。『アメリカン・スナイパー』で描いて見せた対立構造を大胆に省略し、突如として現れるテロリストを簡潔に描写するだけで、犯人アイユーブのバックボーンやテロに至る経緯は全く描かれることがない。原作には、アイユーブが特急列車タリスに乗り込むまでの過程が、生い立ちを交えて詳しく記されているにも関わらず、イーストウッドのテロリスト描写は実に素っ気ない。駅に到着したアイユーブは、コンコースを歩き、ホームから列車に乗り込む。迷うことなくトイレに入り、上半身裸となって武装を整える。その先は、予告編で紹介されている通り、AK-47を手に乗客の前に姿を現す。この犯人の描写を最小限に留めるという決断は、いつ、どこで、誰が直面してもおかしくない無差別テロの突発性をあぶり出す。犯人は若者たちとの対立構造上ではなく、現実をさらにリアルなものにする突発的な存在として登場させるのだ。

 映画化決定の際に報道された、当事者本人を起用して撮影するという大胆な挑戦に誰もが耳を疑ったことだろう。だが、直感を信じた監督は、映画の常識にとらわれない作品を生みだした。そして、イーストウッドの真の狙いは、映画を通して観客が何を受け止め、どう行動するか。その可能性に向けられているのではないだろうか。最新作がどう受けとめられると思うかと問われ、「それは観客自身の問題だよ」と監督は微笑む。その笑顔には、揺るぐことのない映画人としての誇りがある。
 クリント・イーストウッド監督が、「ごく普通の人々に捧げた物語」だと語る『15時17分、パリ行き』は、多事争論を巻き起こし大ヒット上映中。

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『15時17分、パリ行き』

2018年3月1日より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国にて
配給:ワーナー・ブラザース映画
公式HP:http://1517toparis.jp/
(C)2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

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