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2016年11月11日 (金)

『雨にゆれる女』半野喜弘監督インタビュー

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ジャ・ジャンクー監督の『山河ノスタルジア』をはじめ、ホウ・シャオシェン監督や行定勲監督など、多くの名匠の映画音楽を手掛けてきた音楽家・半野喜弘氏。普段はパリを拠点に活動している半野氏が初監督を務めた映画『雨にゆれる女』。この映画を撮るに至った経緯、主演の青木崇高との出会い、そして作品のテーマなどについて話を聞いた。

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監督は本作が単独での初監督作品となります。初監督作品で監督・脚本・編集・音楽と手掛けていらっしゃいますが、初めての作品で脚本まで手がけるというのは、大変ではなかったですか?

■半野喜弘監督:まずは自分で脚本を書くということができないと、本当の意味で人の書いた脚本も読めないし、映画を撮るという立場にはないと思っています。なので、自分の脚本の企画が通れば撮る、通らなければ撮らないと決めていました。今回は、青木崇高主演を条件に、この作品の脚本を書き始めました。


青木崇高さんとは、彼が役者になる前にパリで初めて出会ったとお聞きしました。

■半野監督:2002年に、パリの4区にあるカフェのテラスで、何人かの友人とワインを飲んでいたんですね。そこに背の高い日本人のバックパッカーがやってきて「日本人ですよね?一緒に飲んでいいですか?」と声をかけてきたんです。そうやって一緒に飲んだのが初めての出会いでした。まったく人見知りしない面白いやつで、僕の友人の家に泊まって、僕の犬の散歩をしたり、あつかましいんです(笑)。その頃彼は、まだオーディションを受けたりしていて、プロの役者にもなってなかった頃です。


その後もずっと連絡を取り合っていたのですか?

■半野監督:1年くらいは連絡も取っていたのですが、だんだん途絶えていたんです。しかし、それから10年経って、今度は東京のレストランでシェフに紹介されて、偶然再会したんです。もう彼もいっぱしの俳優になっていたので、飲みながら話すうちに「何かやろうぜ」と盛り上がって、本当に映画に出演してもらうことになりました。


出会った頃と比べて、青木さんは変わっていましたか?

■半野監督:以前よりも自信がでてきて、言うことが明確になったと思いますね。豪快な存在感はありつつも、一つの役を演じる上でのロジックを細かく細かく突き詰めて、最終的に演技をする時に一旦捨てて解放していくという、その役者としての姿勢が本当に頼もしいと思いました。今回は撮影前に、僕と青木の二人で延々とリハーサルをやったんです。彼には観客が一目見ただけで「この人が主役だ」と感じるように主役としての存在感を見せて欲しい、と指示しました。彼もきっちりと準備をしてきて、撮影が始まる時にはしっかりと健次(役名)になりきって、存在感を出していましたね。撮影中も「僕は健次なので、僕を青木と呼ばないでください」と言っていました。


ヒロインを演じられた大野いとさんも、そんな風に役になりきっていたのでしょうか。

■半野監督:大野は経験が少ないということもあって、なかなか役がつかめず、悩んでいましたね。自分がやりたい演技はあるんだけれども、それができないというジレンマがあったようです。でも、この映画においてはそれでいいんですよね。この映画は、彼女が演じる理美も大きな謎を抱えているという役なので、前半は違和感があっていいんです。その後、後半で彼女の役が大きく変化するのですが、その時に一点の曇りもない演技をしてもらえればそれでいいという話をしました。とはいえ、彼女は不安だったみたいですね。


大野さんをヒロインに選ばれた理由はなんでしょう?

■半野監督:この映画は青木をイメージして脚本を書いたわけですが、逆に具体的なヒロインのイメージがあまりなかったんです。でも、プロデューサーが持ってきた写真を見て直感的に「あ、この人が理美だ!」と思ったんです。実際会ってみても、変な二面性が会って面白いなと思いましたね。ある意味、彼女の経験の少なさは、できあがったイメージがないということなので、誰もみたことがない大野いとを見せることができれば、リアルな世界観を作りあげられると思い、彼女で勝負したいと思ったんです。あと、「いと」という名前が、僕のひいおばあちゃんと一緒だったという理由もあります(笑)。


彼女の二面性というのは、具体的にどういうところでしょうか?

■半野監督:彼女はすごく真面目で、理屈っぽいんです。青木以上に細かいんですよね。撮影前に、ノート3ページくらい、役作りの上での質問をびっしり書いてきていました。そんな細かいことまで俺も考えてないよ!っていうくらい(笑)。そういう真面目さや細かさもありつつ、ほわっとした不思議な空気感もあるので、そのバランスが面白いなと思いましたね。演技指導しながら「言ってることがわからなかったら、わからないって言っていいよ」と言ってみたところ、「監督が何を言っているのか、どういう風に演技したらいいのか、全然わからないです」と真顔で答えていました(笑)。


彼女にとっては、かなり大きな試練になったかもしれませんね。

■半野監督:理美が健次を追い詰めて、健次が逃げ出していくというシーンがあるんですね。このシーンは大野演じる理美が生身の人間に変化していく大きなポイントになるシーンだったので、ここの大野の演技にかけようとリハーサルの時に青木と話をしたんです。台本上では問い詰めたられた健次がすぐに逃げ出しますが、青木には「彼女に責められて、逃げ出さざるを得ない気持ちになるまで逃げなくていい」と指示したんです。それで青木は「こんなんじゃ全然逃げたくもならないですね。全然平気です」と何度も何度もやり直させていました。でも、そうやって追い詰められたことで、本当に理美として感情を爆発させることができ、リアリティのあるシーンができあがったんです。これで大野も、自分の芝居によって相手の役者の演技がよりリアルに変化していくということを実感したんだと思うんですね。彼女はここで一皮向けたというか、これ以降のシーンでもこれまでと違う演技が見られるようになりました。


大野さんの成長と変化が、映画の中の理美の変化とリンクしているんですね。青木さんと二人で大野さんを追い詰めて…。

■半野監督:大野は後で「撮影中は青木さんのことが大嫌いだった」って言ってましたね(笑)。僕も面と向かって「心から嫌いです」と言われました(笑)。


この作品のテーマは「生きるという事は完璧なまでに不公平である」ということだということですが、これは何か監督の実体験が関係していたりするのでしょうか?

■半野監督:僕が子どもの頃に見た実話がもとになっている部分があります。うちの母親は幼稚園教諭をしていて、育児放棄された子どもたちを家に連れてきて世話をしたりしていたんですね。その頃に、真冬の公園で、半袖半ズボン姿の5歳くらいの兄妹が、捨てられた空き缶を拾って、その中に残ったジュースを必死で飲んでいるのを見たことがあったんです。自分は何不自由なく暮らしているのに、彼らはどうしてこんなことをしているのだろう、なんでこんなに違うのだろうと思いましたね。そういう体験が、健次というキャラクターに反映しているのだと思いますね。


幼い頃に、世の中の不公平さを強く感じたという原体験があるのですね。

■半野監督:それともう一つ、青木演じる健次の本名は「則夫」というのですが、これは僕が学生時代からずっと気になっていた、永山則夫からとっています。永山則夫というのは、1968年に19歳で3人を射殺するという事件を起こした殺人犯です。しかし獄中で本を読んで知識を得て、作家になり成功しています。彼の起こした事件は、もちろん刑法上は彼の罪なんだけども、それだけじゃないと思うんですよね。貧困という大きな原因があるんです。世の中は、生まれ落ちた時から不公平で、自分の意思とは関係なく貧困に陥っている人もいます。でもその不公平を受け入れて、自分が努力して生きていかなければならないんですよね。だからと言って、単純に貧困だから不幸だ、と決めつける事もできないですよね。何が幸せで、何が不幸かは、本人にしか決められないことです。


【取材・文/松村知恵美】

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『雨にゆれる女』
2016年11月19日より テアトル新宿(レイト)にて
配給:ビターズ・エンド
公式HP:http://www.bitters.co.jp/ameyure/
©「雨にゆれる女」members

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