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2012年10月30日 (火)

『ゾンビ革命 ―フアン・オブ・ザ・デッド―』アレハンドロ・ブルゲス監督インタビュー

ゾンビ革命

ゾンビが大量発生し、パニックに陥るキューバの首都ハバナ。そこで、ゾンビ退治で金儲けを始めた男が人々を救うために奮闘する姿をコメディタッチで描いたホラー映画『ゾンビ革命-フアン・オブ・ザ・デッド-』。10月27日より公開となった本作の監督を務めたアレハンドロ・ブルゲスのインタビューが届いた。

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どうしてキューバでゾンビ映画を?

■アレハンドロ・ブルゲス監督(以降、アレハンドロ):僕は昔からゾンビ映画が好きだったんだよ。舞台をキューバにしたのは、キューバは僕の国だし、毎日キューバで暮らしていて、ここを舞台にしたアイデアが僕にとっては思いつきやすいからだ。それが幸運だったってことは認めなきゃならないだろうね。ゾンビ映画を制作すれば、自分を取り巻く現実をサブプロットのなかで語ることができる。キューバとゾンビは完璧な組み合わせだったと思うね。


キューバでのホラー映画について教えてください。

■アレハンドロ:語るべき事がほとんどないな。キューバではホラーは、『ゾンビ革命― フアン・オブ・ザ・デッド―』で準主役を演じたホルヘ・モリーナが監督した短編映画くらいしかないんだ。どういうわけか、ドラマやコメディーが人気なんだよ。今後は変わっていってくれればいいんだけどね。


キャストはどうやって選びましたか?

■アレハンドロ:僕は最初から二人の登場人物、アレクシス・ディアス・デ・ビジェガス(フアン役)とホルヘ・モリーナ(ラサロ役)を念頭に置いて脚本を書いたんだ。主要キャストのほとんどは自然に現れてくれたという感じだな。いったん脚本を書き上げてから、イャス・ビラーのためにチナ役を書いた。もう一度彼と一緒に仕事がしたかったからね。アンドロス・ペルゴリーア(ブラディ・カリフォルニア役)は別の映画のキャスティングで見て、役にぴったりだと思ったんだ。エリエセル・ラミレス(プリモ役)はボディービルダーなんだよ。ある日、街を車で走っているときに、彼を見かけて思わず車を停めたんだ。探し求めていた人物像にぴったりだったからね。アンドレア・ドゥーロ(カミーラ役)はありがたいことに、スペインで行ったキャスティングで見つけたんだ。その他の出演者は、そうだな、ほとんどが僕の友人の俳優で、この映画に参加したいと言ってくれた人たちだ。


『ゾンビ革命―フアン・オブ・ザ・デッド―』はホラー映画ファンに高く評価されましたね。これほどの成功を予想していましたか?

■アレハンドロ:僕は成功を予想したりするのは好きじゃない。試写の間じゅう、いつもものすごく緊張するよ。冒頭から観客が楽しんでくれてるのがわかってもね。監督にとって一番嬉しいのは、自分が撮った映画をみんなが楽しんでくれることだ。苦労なんか全部忘れて、作ってよかったと思わせてもらえる。


あの抜群のユーモアのセンスを、どうやって脚本のなかに織り込んでいったんですか?

■アレハンドロ:あのアイデアは、通りを行き交う人を眺めていたときに、ふと浮かんだブラックジョークから得たものなんだ。僕とプロデューサーは、ある日、ゾンビみたいなやつが歩いているのを見かけて、冗談半分でプロデューサーにこう言った。「ああいった連中を映画で使えば、メーキャップの必要もないよな」ってね。それから僕はプロデューサーの方を向いて、「よし、次の映画はこれだ」と言ったんだ。

あとはそのブラックユーモアを脚本全体を通していかに維持するかという事だけだった。臨場感を感じてほしかったから、僕が見せるキューバに現実味を持たせたくて、シーン、会話、映像、キャラクター、その全てをできるだけ現実から、つまり僕が見てる日常のキューバから創造するように心掛けた。

ただ、いついかなるときも全てをゾンビ映画というレンズを通して見たってだけさ。もの凄く面白かったよ。全部を映画に入れることは出来ないから、組み込めなかったものも沢山あるし、ブラックユーモアのせいで、人からすごい形相で睨まれたのは一度や二度じゃなかったけど、その価値はあったよ。


この作品はホラー映画というプリズムを通してキューバのライフスタイルに触れていますよね。

■アレハンドロ:長い間ずっと、こういう事をしたいと思っていたんだ。だからこの映画では、キューバ社会がどんなふうに動いているか、キューバ国民がどんなふうに働いてるか、問題が起きたとき、キューバ人はどんな反応を示すかといったことを組み合わせたかった。

この50年、僕らは問題に事欠かなかったわけだが(笑)、次に僕らが直面する問題はゾンビだろうというわけで、キューバの現実の中から、僕がこれまでに見聞きしたとんでもない事――キューバというのはとんでもない現実が存在している国だからね――を借りてきて、それとゾンビをミックスさせたんだ。

注意を要したのはバランスだった。僕は自分が観たいと思ったゾンビ映画を作りたかったし、どれくらいのスケールのものが観たいかという事も分かっていた。ゾンビ映画を観るときは、破壊の規模が大事だ。だから、スケールの大きな映画にしたかったんだ。これまでのゾンビ映画では観たことのなかったシーンも、僕の作品の中では見せたかったし。


群衆のシーンはCGIを使ったんですよね?

■アレハンドロ:ああ。ふんだんにCGIを使ったよ。エキストラを何百人も使ったが、そういうシーンにもCGIは多用されてる。何人エキストラを使ったのか分からないが、多分300人くらいだろう。おかしな話だが。300人のゾンビのメーキャップなんて、ぞっとするね。

難民がハバナから逃げ出すシーンは、一カ所ずつ撮らなきゃならなかったんだ。百艘のいかだをハバナの海に浮かべるなんて事は出来なかったからね。そんなところをもし人に見られたら……(笑)。だからフラストレーションが溜まったよ。

規制が沢山あったんだ。海に浮かべるいかだ一艘ごとに許可が必要だったし、その場で撮る事も出来なかった。そんな事をしたら誤解される恐れがあったからね。それに、海でそんなシーンを撮るにはセキュリティーが沢山必要だ。クルーの誰かが変な気を起こしかねないからな(笑)。

だから、いかだを一つずつ撮るしかなかった。ハバナで撮って、背景は後でつけた。マラソンみたいに走りながらみんなが争ってるシーンを別々に撮って、後で組み合わせて一つのシーンにしたんだ。


路上の群衆シーンはどうやったんですか?

■アレハンドロ:あれも同じだよ。そうだな……キューバの現実と言えば、かなり現実離れした光景が実際に起こるんだが、それをうまく使いたかった。アメリカ大使館の前に、以前よくデモが行われていた広場があってね。出来てから10年ほどの間だったけど、とにかく僕は、映画の中の登場人物は、敵がゾンビだという事が分からない設定にしたかった。なぜかと言うと、キューバではゾンビ映画はあまり見られないからだ。

そんな訳で、アメリカ大使館の前で大規模なデモをして、その最中にゾンビが人間を襲い始めるという事したかったんだ。そこでウィルス感染が始まるという風にね。アメリカ大使館の真ん前で起きたら面白いと思ったのさ。もちろん、大使館の正面で撮影する許可は下りなかったから、1ブロックほど離れたところで撮影しなきゃならなかったが、背景に映ってるのはあの建物だし、あのシーンでは300人ほど使って、通りを埋めつくした。


監督がこれまでにご覧になった映画についてですが、アメリカのホラー映画をキューバで観るのは難しかったと思いますが、監督はどうやってご覧になったんですか?

■アレハンドロ:僕が子どものころベータマックスで手に入れた2本目の映画は、『死霊のはらわた』だった。あの映画は僕の人生を変えたよ。両親が海外で働いていたから、子どものころは海外に出かける度に僕はバッグを置くより先に映画館へ直行して映画を観ていたんだ。


「これこそ僕が人生でやりたいことだ」とあなたに思わせた最初の映画は、『死霊のはらわた』以外に、どの作品でしたか?

■アレハンドロ:はっきり憶えているのは『パルプ・フィクション』だ。あの時、僕はものを書いていたから……僕は作家なんだ。ずっと文章を書いていたし、あの映画を観たときも書いていたんだが、映画のために書くとか、映画を作るとかいう事は考えていなかったんだ。そんなときに『パルプ・フィクション』を観て、「ああ、こういう事が全部できるんだ」と気づいて、映画制作を学ぼうと決め、脚本を書き始めたんだよ。

監督になったのは偶然だね。僕は脚本執筆から始めて、映画学校に入学した。学校にはものすごく大きなビデオライブラリーがあって、膨大な数の映画が揃っていたから、僕は映画に関する資料を読んで、資料に載っている映画をライブラリーで探したりしてたね。

だけど、それと同時にメディアから教えてもらったのは、映画は子どものような気持ちで観なきゃだめだということだ。子どものころに持っていたワクワクするような気持ちをなくしちゃだめだってことさ。

だから僕が映画学校でしたことは、古典的名作を観る代わりに……もちろん古典的名作も観たよ。友だちと一緒に(イングリット・)バーグマンや(アンドレイ・)タルコフスキーを観たりもしたけど、一方では子どものころに観て衝撃を受けた映画も相変わらず観続けたんだ。

例えば、印象に残ってるのはルチオ・フルチの『サンゲリア』とか。子どものころに観て、脳裏に刻み込まれているシーンがあるんだよ。あの目のシーンや、最後にゾンビが橋の上を歩くシーン。

それに『ジョーズ』のような作品は何度観ても飽きない。撮影を開始したとき……つまり初日に、僕は『ジョーズ』のTシャツを着ていたんだ。そのTシャツは僕のラッキーアイテムなんだよ。ちなみに、最初のシーンは海のシーンだったから、僕は『ジョーズ』のTシャツを着てボートに乗って、すごく興奮していた。だから僕はいつも……そう言えば、この映画には『ジョーズ』へのオマージュが2つほど含まれているんだよ。だからサメを入れたんだ。そんなにたくさんは出てこないけど。


みんなが海底を歩くシーンは、なんかちょっと不気味ですね

■アレハンドロ:あれもこれまでのゾンビ映画で観た事がなかったシーンを、キューバの現実と組み合わせた一例だよ。80年代に使われていたようないかだがあったから、こう考えたんだ。「マイアミに行こうとして溺死した人が大勢いる。ゾンビが海の中で彼らを追いかけていたとしたら? ゾンビはいずれマイアミに着くはずだ」


2作目につながるアイデアですね。

■アレハンドロ:実を言うと、この映画を撮ってる最中に、「もし2作目を撮るとしたら、ゾンビはやりたくないな。巨大なナマズが出てくる『フアン・オブ・ザ・ナマズ』とか、そういうのがいいな」と思っていたんだ。フアンにジャンルの壁を越えさせたいんだよ。


フィデル・カストロがキューバを牛耳っていたときでも、『ゾンビ革命 ―フアン・オブ・ザ・デッド―』を制作できたと思いますか?

■アレハンドロ:実際はなんの違いもなかったと思うね。キューバは、想像しているほどひどくない面もあるから、この映画は色んな意味でタイミングがよかったんじゃないかな。ひょっとしたら、今よりも前でも後でも、あまりよくなかったかもしれない。だけどそれと同時に、どうして今じゃなきゃだめなんだ、という気もするな。

考えてみれば、これまでもキューバ人は、他のテーマでいろんな映画を作ってきたわけだし、体制に批判的な映画を撮った素晴らしいキューバ人映画制作者もいたからね。どっちにしてもあまり違いはなかったと思うな。以前と較べて、それほど変わったわけじゃない。フィデル・カストロがもう議長じゃないから以前とは違うだろうと思うんだろうけど、変わってないよ。


この映画はゾンビの殺し方に関してもすごいですね。

■アレハンドロ:ゾンビを殺す人間には、イカした武器が付き物だし、キューバでは銃は所持できないから、銃の出てこないゾンビ映画になることははっきりしていた。銃が出てくるシーンが一つあるが、あれはゾンビ退治のためじゃない。だから、日常生活で使う物を道具にしたいと思ったんだ。それで櫂を思いついたんだよ。ゾンビの顎を引きちぎるシーンがあるだろ?あれを自分でやってみたんだ。『キングコング』みたいな戦いのシーンにしたくてね。ピーター・ジャクソンの『キングコング』だ。キングコングがティラノサウルスの口をこじあけて、舌をちぎるとか何かするシーンさ。

首を切るシーンについては、もっと政治的にやろうとしたんだ。この言葉は使いたくないんだが、使うしかないな。別の意味があるんだよ。脚本には……最初は首を切るとは書いてなかったんだ。ゾンビを半分に切ると書いてあったんだが、そうすると、ゾンビの内臓がたくさん必要になるし、CGIの担当者が、頭を切り落としたほうが簡単だと言ったんだよ。

それで、こう自問したんだ。「もし頭を切り落とすとしたら、どうすればもっとかっこよく見えるだろう?」ってね。それであの革命広場のシーンを思いついて、その瞬間に首を切ることは別の意味を帯びたわけだ。他の場所で首を切るのと、革命広場で切るのとは意味が違うからね。チェ・ゲバラの壁画のあるビルが背景に建ってるしね。僕はよく考えてから切断シーンを大幅に変更して、こう宣言したんだ。「よし、こうしよう。切断シーンを撮る。300人の頭をいっぺんに切り落とすぞ」そして、そのとおりにしたわけだ。


ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を初めて観たときのことを話してください。

■アレハンドロ:『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』は、実は僕が初めて観たゾンビ映画ではないんだ。他にもたくさん観ていたんだよ。実際、『バタリアン』を観るより前に『ゾンビ』と『死霊のえじき』を観ていたしね。あのころ、たしか10歳から12歳くらいだったが、『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』を観る前にも、ゾンビ映画をたくさん観ていたんだ。

『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』は大好きだが、一番好きな作品ではない。こう言うと変なのはわかっているが、実は『死霊のえじき』のほうが好きなんだ。『ゾンビ』のショッピングモールのストーリーはアメリカ的なもので、僕が子どものころは、キューバにはああいったショッピングモールがないから、僕にとってはそれほど強烈ではないんだ。

一方で、『死霊のえじき』のバブはすごくよかった。それから他の作品も観始めたんだ。ピーター・ジャクソンの『ブレインデッド』なんかをね。それから『死霊のはらわた』は厳密に言えばゾンビ映画ではないのは分かっているんだが、子どものころに観たときは、僕にとってはゾンビ映画だったから、あの作品はいつもゾンビ映画のカテゴリでくくってしまうんだ。


他に好きな映画は?

■アレハンドロ:『ジョーズ』。僕はハバナで一度スピルバーグに会ったことがあるんだよ。スピルバーグ監督は二人のキューバ人監督に会いに来ていたんだ。そのうちの一人が、僕が脚本を書いていた友達だったんだが、僕が書いていたストーリーをスピルバーグ監督に説明すると、そのストーリーをすごく気に入ってくれてね。「その友だちを呼んでごらん」と言ったんだ。

そのとき僕は映画館で『マイノリティ・リポート』を観ていたんだが、走っていったよ。スピルバーグ監督の顔を見たら、なにも言葉が出なくなってしまった。ただ、こう言ったことだけは憶えているけどね。「あなたがいたから、僕は映画に関わっているんです」スピルバーグ監督は、心をこめて脚本を書くようにと助言してくれた。あれ以来、僕はそうするように、ずっと心がけてきたんだ。


【監督・脚本:アレハンドロ・ブルゲス プロフィール】
1976年ブエノスアイレス生まれ。
サン・アントニオ・デ・ロス・バニョス国際映画テレビ学校(キューバ)卒業。数々のキューバ映画の脚本を手がけ、またキューバのインディペンデント映画制作会社“プロドゥクシオネス・デ・ラ・キンタ・アベニーダ”パートナーの一人でもある。初の長編監督作品『恋人たちのハバナ』は世界各国で公開されている。

フィルモグラフィー
脚本作品
『ゾンビ革命―フアン・オブ・ザ・デッド―』(2011年) 
『恋人たちのハバナ』(2007年) 
『Frutas en el cafe(原題)』(2005年) 
『Bailando chachacha(原題)』(2005年) 
『Tres veces dos(原題)』(2004年) 
『Candela(原題)』(2000年)

監督作品
『ゾンビ革命―ファン・オブ・ザ・デッド―』(2011年) 
『恋人たちのハバナ』(2007年)

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『ゾンビ革命-フアン・オブ・ザ・デッド-』
2012年10月27日より新宿武蔵野館(レイト)ほか全国にて
配給:ファインフィルムズ
公式HP:http://www.finefilms.co.jp/cubazombie/
©La Zanfona Producciones - Inti Herrera 2011 all rights reserved

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