『ACACIA-アカシア-』アントニオ猪木 オフィシャルインタビュー

さびれた団地で穏やかに余生を過ごす元覆面プロレスラーの大魔神。彼は息子に充分な愛情を注げなかった悔いを胸の底に秘めて生きてきた。そんな彼の家に転がりこんできた少年、タクロウ。母親に置き去りにされ、誰にも心を許さないタクロウが、大魔神の前ではなぜか素直になれた。あたたかな住人たち、そして函館の海とアカシアの木々に見守られ、束の間、親子のように暮らすふたり。かけがえのない時を重ねるうち、それぞれが本当の家族と再会し、過去の痛みを乗り越える勇気を手にしていく…。
辻仁成が描く、父の愛とは何かを問いかけるヒューマンドラマ『ACACIA-アカシア-』。高齢化社会にひそむ孤独や、様ざまな世代の人間が抱える現実を見据えながら人間の絆を描き出す。
主演:アントニオ猪木氏のオフィシャルインタビュー。

最初にオファーがあったときの第一印象と、辻監督は猪木さんの大ファンだと伺っていますが、決め手になったことは?
■アントニオ猪木(以下、猪木):「いきなりだったので、「えーっ!」ていうのが最初の感想です。
何か新しいことをやってみてもいいかなというくらいの感じで受けました。
もちろんやったことがないので、いろいろ不安はありました。台詞を覚えられるだろうかとか。それにその時は、いろんなことが重なっていたので、撮影用にスケジュールを1か月あけれるかどうかとか。
ただ、決め手になったのは、あまり難しいことは考えませんので、直感ですね。監督と最初にお会いした時に、熱く語っていたんで、私で良ければという感じでお受けしました。
何事も踏み出すことが大事。人生はハプニングの連続なんだから。一寸先はハプニング。自分の予測しないことが起こる。それにのるかのらないかなんです。普通だともっと慎重になるところを私は今回、やれるんじゃないかなと思ったんです。
まあ、辻監督も異常なんじゃない(笑)。普通は俳優さんを使うのに、素人を起用するなんて。非常識なんですよみんな(笑)。それにのる私も非常識だし(笑)」
『ACACIA-アカシア-』の役柄と同じく、実生活でも昔お子さんを亡くされたそうですが、今回重なる部分が多かったのではないでしょうか?
■猪木:「辻さんも前の奥さんとのお子さんとなかなか会えていないみたいで、子供に対する思いは重なっていましたね。私の子供は亡くなったというのも飛行機の中で亡くなりました。だからその時は立ち会ってません。私は基本的に起きたことはすべて受け入れます。
昔じいさんをブラジルに行くときに船の上で見送った時もそうです。ブラジルなんかに行かなくちゃじいさんも死ぬことはなかった。人を送る時の一番悲しい思いをしたのはこの時です。そして、力道山の時、娘の時ですね。私は忙しすぎて、悲しみの中にそのままとどまっている時間がない。そういうように忙しくする。旅をする。そこにとどまっているとどんどん悲しみがそこにたまっていってしまいますから」
監督の演出はどうでしたか?
■猪木:「俳優じゃないので、難しいことはわからないよ。あえて言えば、俺がどう思うより、監督が何を見せようとしているのか感じ取れればというところに努めました」
リングに立つシーンがありましたが、どういう思いだったのでしょうか?
■猪木:「リングに立つとはまさか思ってなかったですよ。引退して体がぼろぼろになって、かつての自分ではないですからね。それはやっぱり、とまどったところですね。お客さんにあまり見せたくないなと。お客さんに喜んでもらうことが大切ですから。喜んでもらうためにはごまかしはできない。ずっと命を張ってという覚悟で挑んでいます。それにはひとつひとつのけが、肩や首、けがは勲章だと思っていた時代があって、それが今になって、どっといろんなところにきましたね。ほとんどの選手が死んでしまったりしている中で、まあこうやって元気にやれてますけどね」
大魔神という設定はどうでしたか?
■猪木:「大魔神というリングネームには、最初はえっ!?と思ったんですけど(笑)。演じているうちに名前は関係なくなってきましたね。自分がどう演じたいとかないものですから。台本通りですよ。台本の中の書いてあるものをどう汲み取れるか。その役になりきりました」
現場はどうでしたか? タクロウ役の林凌雅くんは?
■猪木:「私はじいさん子だったんで、そのじいさんになりましたね。それに、タクロウ役の彼が本当のじいさんの様に私を慕ってくるんですよ。ふたりでいつもふざけてましたね。私からすると彼は天才でしたよ。
映画の現場の空気というのは結構びりびりするじゃないですか。台詞を間違えると相手役に迷惑をかけるんですけど、今回は相手が子供だったんで気楽だったね(笑)
それに、緊張感というのはそうそう長く続くものではないから。緊張の持続はできませんから、私は職業柄、リングに上がる直前にぐっと高めるということをやってきました。それは今回良かったんじゃないかなと思いますね」
猪木さんの号泣のシーンについて、どういう風に挑まれたんでしょうか?
■猪木:「本当の涙を流しました。じいさんとの別れとか過去に流した涙を思い出して挑みました。じいさんは、ブラジルに向かう船の中で3日目に亡くなりました。
棺桶に鉛をいれて、日の丸を巻いて、みんなで黙祷を捧げました。その先には真っ赤な太陽が沈んでいく。赤道直下でしたから、まるで映画のシーンのようでしたね。風景や、空気感を覚えていますね。悲しみもそうでしたが、死というのはこんなにあっけないものかと思ったことを思い出しました」
これからも俳優に挑戦したいという思いは?
■猪木:「ないです。まあ、これ1回で。この映画の中の団地では、みんな独立しながらもある意味助け合っている。戦後貧しい中でみんなが手を取り合って頑張っていたみたいに。今の世の中で一番欠けているところ。あんな感じの団地があったらいいなと思いますよ。それなら用心棒やってもいいかな(笑)」
【アントニオ猪木】
1943年生まれ、横浜市出身。14歳で一家でブラジルに移住。60年に力道山にスカウトされ、プロレスラーの道に。72年、新日本プロレスを創設。プロレス黄金期を築く。76年、モハメド=アリと歴史に残る異種格闘技戦を行い、その名を世界に知らしめた。89年にはスポーツ平和党を結成し政界にも進出した。07年にはプロレスを通じ世に元気を与えるIGF(イノキ・ゲノム・フェデレーション)を創設。格闘技界だけでなく、民間外交、文化人としても活躍中。今年はデビュー50周年にあたる。
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『ACACIA-アカシア-』
2010年6月12日 より 角川シネマ新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて順次公開
配給:ビターズ・エンド
公式HP:http://www.acacia-movie.com/
©『ACACIA』製作委員会




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