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2010年6月15日 (火)

『善き人のためのソナタ』 から、旧東ドイツをたどる

晴乃の総合評価:4.5(5点満点)

善き人のためのソナタ

現在私は、ベルリンの旧東ドイツ地区にあるプレンツラウアーベルクというエリアに住んでいます。少し歩けば街中の至るところに旧東ドイツ時代の名残を見つけることが出来ます。今回は、映画の舞台になった場所や、関連博物館などを訪れ、『善き人のためのソナタ』を通して、旧東ドイツの国家システム、“自由のなかった恐るべき監視国家”を見つめてみました。

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2006,ドイツ,アルバトロス・フィルム
©2007 ALBATROS Co., LTD. All Rights Reserved.


1.【あらすじ】

1984年、東西冷戦下の東ベルリン。国家保安省局員(シュタージ)のヴィースラー大尉は、劇作家のドライマンと舞台女優である恋人のクリスタが反体制的であるという証拠をつかむよう命じられる。成功すれば出世が待っていた。あるとき盗聴器から流れてきた美しいピアノの音色を耳にする。それは、ドライマンが友人から「この曲を本気で聴いた者は、悪人になれない」という言葉と共に贈られた、“善き人のためのソナタ”という曲だった。

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毎日盗聴を続けるうちに、予期していなかった感情がヴィースラー大尉の中に生まれ始める。彼らの世界に近づき、人間らしい自由な思想、芸術、愛に溢れた生活に影響を受け、監視する側であった彼に変化が生じる。いつの間にか今まで知ることのなかった新しい人生に目覚めていくヴィースラー大尉。監視相手の男女を通じて、これまで信じて来た国家に、初めて背くことに・・・。

エンタメーテレ最新ナビから引用)

2.【土屋的作品解説】

この作品は、強固な共産主義体制の中枢を担っていたシュタージ(国家保安省)という監視システムに初めてメスを入れ、その実態を克明に描いた歴史ドラマです。国家に翻ろうされた恋人たちや、芸術家たちの苦悩を浮き彫りにした問題作として、第79回アカデミー賞外国語映画賞を受賞した傑作です。

シュタージは、1950年に創設された国家保安省であり、秘密情報機関として国内の反体制の人々を徹底的に監視し、摘発していた組織です。最終的には9万1000人の正規職員の他、約18万9000人の非公式協力者からなるシュタージネットワークが、1600万人の東ドイツ国民を24時間監視していたそうです。

親しい友人や愛する恋人、そして家族の中でさえも、反体制の人間を政府に密告していたといいます。その悲しい現実の数々が、、壁崩壊後に公開された 『シュタージ文書』 から明らかになっています。まさに、この作品の主人公ドライマンとクリスタの関係も、シュタージによって悲劇的な結末を迎えます。自分以外の誰も信じることの出来ない世界とは一体どれだけの息苦しさなのか、想像に及びません。人間の心を蝕み、懐疑心だけがはびこる社会が実際に存在したかと思うと、とても恐ろしいです。

壁が崩壊してから、17年という歳月を経てようやくドイツが世界に向けて、“監視国家”の実態を明らかにしたという事からも、いかに旧東ドイツ市民の心に、この監視システムが深い影を落としていたかということを感じます。そして、この悲しい過去を世界に公表していくことで、ドイツが新たに歩みだした証明でもあります。

3.【映画の舞台を訪ねて】

シュタージ(国家保安省本部)は、現在シュタージ博物館になっています。この建物周辺は、1989年までは一般の市民が立ち入ることは一切出来なかったそうです。


(1)シュタージ博物館

中心地からは少し離れた場所にあります。

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この場所は今では住宅街になっていて、ひっそりとしています。まさか博物館がこんな場所にあるとは気づかないほどです。シュタージ博物館の建物を取り囲む他のビル郡は、商店や病院などの医療施設に変わっていました。


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この敷地図の番号1番がシュタージ博物館です。


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こちらが、旧シュタージ本部。↓異様なまでの存在感と威圧感のある建物の雰囲気に思わず尻込みします。

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このシュタージ博物館には、監視や盗聴に使われた道具の他、その技術や手段を分かりやすく展示しています。ゴミ箱やネクタイ、時計やボタン、カバンなどあらゆる場所に盗聴器や超小型カメラを隠し、厳しい監視をしていたわけです。なんと↓木の中にまで!!!“壁に耳有り、障子に目有り”どころの騒ぎじゃありませんね・・・


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全てドイツ語のみでの展示なので、詳しい説明は分からなかったのですが、盗聴器や小型カメラの展示品は、説明無しでも一目瞭然。シュタージが、反体制を抑圧し徹底的に排除しようとする執念にも似た働きがよく分かりました。パネルに書いてあった『我々はどこにでもいる』という言葉の意味をまさに体現しています。


そしてシュタージ博物館にはシュタージのトップに君臨していたエーリヒ・ミールケの執務室やプライベートルーム、休憩場所や会議室など、昔のままの状態で残っています。ミールケは1957年~89年の32年間に渡ってシュタージを仕切っていたそうです。

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こちらは会議室。奥にはレコーダープレイヤーのような装置があり、ここで盗聴したものを聞いていたのかもしれません。


そのほか、この博物館には反体制者が送られた刑務所の拘禁室を再現した部屋があったり、東ドイツの崩壊に至るまでの数年間の出来事が年代順に展示されたりしていました。

また印象的だったのは、館内の階段部分の壁に貼られている写真でした。シュタージ本部が1990年1月15日に東ドイツ市民によって占拠された時の写真です。この時、シュタージがこれまでに行った全ての盗聴の記録や、密告者の情報、反体制の人間の情報など、膨大な資料が局員によって破棄されるのを防いだそうです。そして今でもその『シュタージ文書』は保管されていて、自分のデーターが残されている人に限り、個人的に閲覧できるとのこと。

このことは、この『善き人のためのソナタ』でも描かれていましたね。ドライマンがこの『シュタージ文書』によって、恋人だったクリスタが自分を売ったことを知る場面です。


(2)カール・マルクス・アレー

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一番最後のシーンで、ヴィースラーが歩いている通りは、カール・マルクス・アレーという大通りです。この大通りは、豪華なセラミックのファザード建築の巨大な建物が連なっていて、『社会主義的景観』のサンプルだとも言われているようです。当時としては未だ珍しかったセントラルヒーティングやエレベーターを備えたお城のようなアパートは、東の人々にとっての憧れそのものだったはずです。


実際にこの通りを歩いてみてみると、連立する立派な建物とは対照的に、今は人通りが少なく、実に閑散としていて寂しい空気が漂う場所です。かつては“社会主義の理想”の街を目指して、ショップやレストランなどで、賑やかな場所になるはずだったこの通りも、今は魂の抜けた物悲しい、ただの大通りになっています。

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この↓通りの名前をそのまま付けた『カール・マルクス書店』が、ヴィースラーが本を買うシーンで使われた書店です。この書店は2008年に店舗移転してしまったそうです。それでも看板をはずすことなく、そのまま別の店として使用されていることに、大きな意図を感じずにはいられません。

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(3)東ドイツ博物館 (DDR MUSEUM)

さて、東ドイツではいったいどんな日常生活をおくっていたのでしょうか?そんな疑問に答えてくれるのが、2006年にベルリン大聖堂のすぐ目の前、リープクネヒト橋のたもとに出来た『東ドイツミュージアム』です。

このDDRは、Deutsche Demokratische Republikの略で、東ドイツ=ドイツ民主共和国のことです。

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ここには、東ドイツでお馴染みだった生活用品、洋服、食品類、新聞や雑誌の他、一般的な部屋やキッチン、洗面所などを再現したスペースも設けられていました。

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そして、映画の中でも多く登場していた東ドイツ国産車トラバント(601モデル)という小さな車も展示してありました。面白いことに、ミュージアム来場者はこの車を試乗できるという特典付です。もちろん動かすことは出来ませんが、乗ってみると車内は驚くほど狭くて、日本人サイズの私でさえも狭さを感じるので、当時の東ドイツの人たちにとっても、けして乗り心地の良い車ではなかったはずです。

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またこの他にも、社会主義国家の特徴である、職業別に収入差が無いことが分かるような展示物などもありました。

このミュージアムを訪れて気になったことは、室内が非常に薄暗いこと。特に居住空間を展示したスペースは本当に暗くて、これは当時の東ベルリンの一般的な家の明かりを再現したものなのかどうか分かりませんが、映画の中のドライマンたちの住宅とも重なるものを感じました。


4.【周辺情報】

■ベルリンの街角で見かける旧東ドイツの名残

最後は、ベルリンの街のいたるところで見つけた旧東ドイツの遺産を紹介します。いわゆる社会主義を讃えるプロパガンダアートというものでしょう。多くがドイツ統一後に撤去されたそうですが、いくつかは記念碑指定され、今でも残っているんです。ベルリンが興味深い街である所以は、こういった過去の産物が現代社会に共存しているところにこそあります。

こちらは、『いきいきと働く労働者たち』の姿だそうです。アレキサンダープラッツのビルに描かれています。
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この絵は、私が最近まで通っていた語学学校の階段の壁に描かれていたものです。この語学学校は、昔小学校だった校舎を使っているようで、このような絵が残っているんだと思います。

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こちらは、散歩をしていて見つけた労働者の像です。

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この服装といい、掲げる手といい、社会主義万歳のプロパガンダ像ですね・・・。

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こちらは、ニコライ地区にあるマルクス・エンゲルス・フォーラム。

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社会主義の代表的な指導者といえば、この二人。マルクスとエンゲルス。

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そしてマルクスとエンゲルスが見上げている奥にそびえる塔が、社会主義建築の代表作であるテレビ塔。


最後は、観光名所にもなっている ベルリンの壁 『イースト・サイド・ギャラリー』 です。この『イースト・サイド・ギャラリー』について詳しくは、私のオフィシャルブログに綴っていますので、そちらをご覧ください。

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↓こちらは強烈な壁絵ですが、これは社会主義圏の指導者同士が交わす『兄弟のキス』。オフィシャルブログにも書きましたが、この絵は、実際のニュース映像から起したという、東ドイツのホーネッカー書記長とソ連のブレジネフ書記長の熱いキスの現場を描いたものだそうです。

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さて、『善き人のためのソナタ』とともに旧東ドイツを辿り、長々と綴ってきましたが、この作品は私にとって旧東ドイツや社会主義国家を学ぶ上で、とても貴重な教科書になりました。

壁崩壊からまだたったの21年目。今私が住んでいるこの街は、この間に怒涛の変貌を遂げてきました。でも、ここに住む人々にとっては、ようやく過去を消化出来るようになったきた段階なのだと思います。悲しい過去を沢山抱える街だからこそ、これからも新しい歩みを止めず、更なる前進を願うばかりです。

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『善き人のためのソナタ』 から、旧東ドイツをたどるを参照しているブログ:

» DVD「善き人のためのソナタ」 確かに面白い、駄目押しの1本。 (日々 是 変化ナリ 〜 DAYS OF STRUGGLE 〜)
評判だった「善き人のためのソナタ」をやっと観た。 東西冷戦下の東ベルリンという、異常な環境の中の話。 その年は1984年。 なんて最近なんだあ〜!!、と苦悶。 公開時、映画館で予告編を観て、あまりの状況の暗さに「パス」してしまったのだが、本編を見始めたらそんな感情は消えてしまったのだった。 監視される側の2人の演技も実に迫真かつ味わいがある。 それは先日ファンになってしまったクリスタ役のマルティナ・ゲデック、どのシーンも身のこなしがスバラッしい(ああもう超ファン? 改めて「マーサの幸せレシピ... [続きを読む]

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