脳内ニューヨーク

『アダプテーション』や『マルコヴィッチの穴』、『ヒューマンネイチュア』や『エターナルサンシャイン』など独特の世界観を確立した脚本家、チャーリー・カウフマンの待望の初映画監督作品。テーマは、人のネガティブな面である『病、老い、苦しみ、死、孤独』にあえてフォーカスしています。

2009年11月、シネマライズほか全国にて公開
2008,アメリカ,アスミック・エース
© 2008 KIMMEL DISTRIBUTION LLC.

あらすじを簡単に書くとすれば、愛する妻や娘に愛想を尽かされ捨てられた冴えない劇作家が、ある日“マッカーサー・フェロー賞”という別名『天才賞』を受賞します。その賞金で前代未聞のプロジェクトを開始。本物のニューヨークの中に、自分の頭の中にあるニューヨークをもうひとつ作ってしまうというエキセントリックなストーリー。
実際に観た後でも難解なんだから、あらすじを読んだところで内容が分かる訳がありません。この理解しがたい、でも見ずにはいられない作品自体が、監督や脚本を手掛けるチャーリー・カフマンの“脳内”そのものなのではなかろうか?と安易に想像したくなるほど、不可解そのもの。夢なのか現実なのか、劇中なのかはたまたリアルな生活を映して出しているのかさえ分からなくなります。全てのシーン、全てのセリフ、全ての登場人物が暗喩なのかもしれない。もしくは全く逆で、何の意味も存在していないのかもしれない。
監督自身もインタビューで『意図的に曖昧にしているんだから、それを説明するのは馬鹿らしい』と話すように、いわば解釈は多種多様でいいということでしょう。

私の個人的な解釈を書くとすれば、人生の中には『病・老・苦・死・孤』が確実に存在するけれど、それらは嘆き悲しんだり、悲観することではなく、そのどれもが生きているという証。生きていることは、それらを味わうこと。だからといって、この作品はネガティブなものだけを強調しているわけではない気がします。主人公の孤独を感じている劇作家の側には必ず彼を愛している人間が存在しているし、自分が愛している人間が自分を愛していないことだけの視点で生きていくか否か、よく見れば見えるものを見ようとしているか否かということが何より重要なのだと感じました。
2つの世界を描くことで、自分を含めた身近な人間が2人づつ存在し、気づかない視点を持つことができる。難解で、けして明るく楽しい作品とはいえないものの、正解のない自分オリジナルの解釈を許され、何かを考えるきっかけを与えてくれる作品であったことは間違いありません。






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